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愛され筑波山。

久しぶりに筑波山に登りました。

ゆっくり起きた午前中に山行準備を済ませて、正午には登山口へ。
筑波山は標高877m、がんばりすぎない登山です。


筑波山神社の門。


境内にあるのは筑波山名物「宇宙の卵」 さすがJAXAのおひざもと。宇宙兄弟もびっくり。



神社を右に廻り、白雲橋ルートを選びます。このルートは登りやすくてオススメ。
もう新緑の季節ですね。
埼玉県の高校生が遠足で来ていました。


1時間半ほどで休憩場所に。



休憩場所に咲くヤマツツジ。


暗がりに赤味をつけるアカガシ。


なんて名前の花だろう?



この日は終日、天候に恵まれました。


筑波山の頂上からは、関東平野が見渡せます。

「来て良かった」と絶賛する手前のおじさん。標高のわりに眺望がとても良いんですね。
秋冬の空気が澄んでいるときにはスカイツリーまで見えるとか。



女体山側方面では天然奇岩がごろごろしています。
これを目当てに筑波山を登る人がいるとか、いないとか。いないかな。




岩と岩の間を抜ける「母の胎内くぐり」
ここを通るたびに胎児だったころを思い出します。



出る船と入る船、2隻の船がすれちがう「出船入船」
出船入船に見える為にはイマジンが必要ですね。つきじ入り船なら江戸の味なんですけども。



北斗星のごとく、決して動じない「北斗岩」
よくみると7つの傷がありました。



大仏様の横顔にみえる「大仏岩」
ライバルは牛久の大仏なのでしょうか。



ガマの口をした有名な「ガマ石」 石を投げて口に入ると願いが叶うといわれます。
猫巻が来たときは、若いカップルがキャッキャッと石を投げていました。
おもわず石を投げつけたくなりました。

(ここに挙げた奇岩は、ほんの一部です)



帰りはケーブルカーで下りましたとさ。



登りながら気づいたのですが、筑波山ってゴミがほとんど落ちてなかったんですよね。
里山って、タバコの吸い殻やキャンディーの包み紙なんかけっこう落ちてるんですけども。

そんなこと思ってたら、山中でゴミ拾いをしている方に会いました。
大切に愛されてるんだなぁ。つくば☆

水哉寮のこと、工藤さんのこと。

実は今日、気仙沼に行っているはずだったのだが、カゼをこじらせてしまった。

いま被災地では人手が不足している。義援金や物資もあって助かるのはもちろんだけれど、現地でのニーズは日々変化していて、いつ届くかわからないお金よりも人海戦術による町の復旧が焦眉の急だと思う。だから適当な時間をみつけては、出来るだけ足を運ぶことにしている。「お悔やみ申し上げます」「がんばろう日本」なんてコピーは、いまや企業の免罪符のようになってしまった。


(報道されない現場ほど、多くの事実を物語っている)




そんなことを考えていたら、自分が大学生だったころのことを思い出した。



当時、貧乏だったぼくは、そりゃもう頑張って勉強した。それでなんとか国立大には合格したものの、通うには遠く、下宿するには金もない。ハテどうしたものかと悩んだ挙句、大学の学生寮に入ることにした。

そこは「水哉寮」という名前の学生寮で、びっくりするくらい年季の入った建物だった。壁によりかかると服は真っ白くなる。夏になると小豆くらいの虫が、どこからともなくワサワサわいてくる。部屋の窓からタヌキが見える。電話が一台しかなくて、着電の呼び出しが鳴っても、走って1分くらいかかる。風呂トイレ調理場に洗濯機は共同使用、2段ベッドで1部屋4人。でも家賃がとにかく安くて、八千円ほどだった。月額ではなくて、年間で八千円。



そこで管理人をしていたのが、工藤さんってオッチャンだった。


(数年前に綺麗に建て直された水哉寮。家賃も上がり、往年の面影はなくなった)



工藤さんはもの凄く背が低くて、150cmくらいしかなかったんじゃあないか。いつも薄汚れた感じの作業着にツバ付きの帽子をかぶった、日に焼けた、とても色黒な人だった。大きな眼鏡でニコニコしながら学生を送りだしていた。ゴミを集めたり、電話番をしたり、中庭を手入れしたり、自転車のパンクも直してくれたりした。スーパー管理人。ザ・働き者。そんなコピーがぴったりはまる、なんでもできる人。作業の合間に雑談をすることもあった。ニカッと笑ってタバコをよく吸う人だった。



ウン十年と大学生を見守ってきた工藤さんは、学生からも慕われていたはずだ。少なくともぼくは好きだった。ルーズを形にしたような大学生ばかりを毎日相手にしていたのに、怒りもしなかった。サービス業だから怒るなんてとんでもない、なんて言うのではなく、我慢の人だったのだと思う。小柄なわりにランニング姿になると筋骨隆々、ただでさえ多い顔中のシワも笑顔でくしゃくしゃになるのはしょっちゅうだったから。



工藤さんは謎の多い人だった。たしか独身だったか。でもひょっとしたら家族はいたのかもしれない。でもよくわからない。あまり自分のことを話す人ではなかった。



それでも、若い頃は遠洋漁業でほとんど日本にいなかった、というような話を聞いたことがある。漁業ではなくタンカーだったかもしれない。他にもいろいろな話をしたと思うが、よく覚えていない。苦労ばかりではあったけれど、人生の奥深さを大学生にそっと教えてくれるような、そんな話だったのではないか。そのダミ声から、タバコの脂で黄ばんだ歯、赤い帽子まではっきり思い出せる、そんな人だったんだもの。



(年度末になると、水哉寮に植わった紅梅と白梅が入学者を迎える)



3年生くらいの頃だったと思う。工藤さんが管理人を辞めることになった。定年退職だった。
当時、副寮長を務めていたぼくは、委員会の席で「なにかできないか」と発案した。みんな、めんどくさそうな感じで、なかなか意見がでなかった。しばらくして誰かが、餞別にプレゼントをしよう、と言った。するとみんな賛成した。役に立つものか好きなものがいいだろう、お酒が好きだったから一升瓶のセットはどうだろう、となった。定年祝いってことにもなるし、まさにグッドチョイス。それしかないような気がした。



それから1ヵ月後のことである。
定期総会の席上で、ある学生が「工藤さんが退職して」と発言した。

「先日、管理人の工藤さんが定年退職して、一応、水哉寮からは餞別としてお酒と寸志が贈られたそうですが、ちょっとぼくら何人かで工藤さん誘って飲みにいったんですね。個人的にですけど。そこで工藤さんはこんなこと言ってたんです。せっかく頂いたけれどモノだけというのは寂しかった、あれだけ学生のために長いこと働いてきたのにこれなのか、こうやって食事に誘ってくれることが本当に嬉しい、と。工藤さんはゴミ出しや雑用など、ずっと何十年もやってくれてました。どういう気持ちだったのか考えてみてください。ぼくが言いたいのはそれだけです」



感謝の気持ちをあらわすのに、いろいろな形があっていいと思う。
けれど、その中心となる相手の目線からブレてはいけない。

たぶん委員会での僕らは、「感謝の気持ちを表すためにプレゼントする」というよりも、「プレゼントをすれば感謝の気持ちを表すことができる」という考えにシフトしてしまったのだ。



(ボランティアの手が回らず、放置されたままの家屋)



卒業してから工藤さんに会うことはもうない。


どうか今も健在であってほしいと思う。

相変わらず、ぷかぷかとタバコを吹かしていてほしいと思う。

そして時には、あのニカッとした笑顔を、どこかで見せてくれていればいいのだが。




今から十年以上も昔の話である。

木工芸指物 鈴木光爾のダイヤカット展

茨城県牛久市で催されている、鈴木光爾展に行ってきました。
指物を中心とする木工芸作家。伝統工芸品から家具まで幅広い展示です。


(うずら杢の花器「宇」 左手前には「南天香合」)


(「チークドレッサー」 木目が映える見事な飴色)



指物(さしもの)とは、奈良平安時代から続く伝統的な木工技法のひとつ。
指先でさまざまな物をつくるという意味のほか、
ものさしを自在に操り正確な寸法でつくるという意味があります。
技術そのものをさす以外に、つくられた木工品も指物と呼ぶそうです。

(端整な「山桜小引出し」 シンプルで上品)


(木目をいかした木工小物も)




鈴木光爾さんの作品の特徴に「ダイヤカット」があります。
これは一枚一枚の木片をダイヤモンドの形状に組み上げる独特の技法。
江戸指物や京指物にはみられない、全国で唯一の技術です。

樹木特有の有機的な紋様を、幾何学的に組みあげます。動と静の混在。
偶然が入り込もうとする隙をあたえない、計算をつみあげていった作品といえます。

(ダイヤカットで組まれた箱。完成までに1年費やすことも)


(DMの「黒柿拭漆八弁鉢」重厚感ありました)



大谷石と漆喰の白を基調としたギャラリーで、光の加減が絶妙です。
木の茶色とあいまって色彩の美しい展示でした。木が好きな方にはたまらないですね。

場所や会期など詳しい内容はこちらから。
JR常磐線ひたち野うしく駅より徒歩5分、アートスペースあるる 入場無料 1/23まで☆

KEK一般公開 〜 高エネルギー加速器研究機構

去る9月6日につくば学園都市のKEKに行ってきました。

今回のテーマは「宇宙・物理・生命 加速器とノーベル賞」
講演や展示、見学会場として15カ所以上の研究施設が開放されていました。
2008年ノーベル賞を小林誠さんが受賞したこともあって気合いが入っています。


こちらは施設の中心ともいえるフォトンファクトリー内をガラス越しに観たところ。
ガイドツアーが組まれていて、この中に降りてみることもできます。


猫巻のちいさな頭で理解したところでは、
フォトンファクトリーとは、”光をつくるための工場”だそうです。

フォトンファクトリー(以下PF)のまわりには沢山の実験ステーションがあって
そこでは分子や原子レベルという極微小な解析、研究が行われています。

極微小な原子レベルを見るために、”光”が「大きな顕微鏡」の役目を担います。
その顕微鏡自体が常に違っていたら、いい加減な研究結果になってしまいますよね。
ですから正しい研究結果を得るために、いつも同じ光を作らなければなりません。
PFは同質の光を、人工的に作る装置ということです。

光は高エネルギーの電子が曲がるときに発生します。
ということは、たくさん曲がれば曲がるほど、たくさんの光が発生するわけです。
そこでアンジュレーターという磁石装置を使って、人為的に電子を蛇行させます。
PFはリング状の施設のため、電子はぐるぐるとまわり続け
アンジュレーターを通過するごとに沢山の光を発生させます。
そして発生した光をPFを囲む実験ステーションに送り出していくのです。


ガイドをうける猫巻一行。一周200mくらいあります。
写真左奥から手前側へ高エネルギー電子が入ってきます。
電子はPFに沿ってぐるりと周遊し、右奥から再びやってきて一周!
そして二周目突入!となります。
ぐるぐる回りながら、光を放出していくのですね。


こちらはコントロールルーム。
通常1人で切り盛りするそうです。猫巻だったらパニック間違いなし。


こちらは電子陽電子入射器。PFに高エネルギー電子を入射するための加速施設です。
全長600m、世界で2番に長いリニアック(直線加速器)です。


なんだか機械ばかりの写真になってしまいましたが、実際は芝生や樹々も多く広々。
筑波山下の広大な敷地なので、一般公開当日は無料シャトルバスが運行していました。
スタンプラリーも行われていて、学生や研究者以外にも子供連れの家族も多かったです。

そのせいか見学所のガイドさんたちが素人にわかりやすいような解説をしてくれました。
もともと自分の好きな分野を研究している方たちですから、説明にも力が入りますよね。


ちなみに猫巻らは午後からの参加でしたが、とても半日じゃ全部まわれません。
全部まわるなら1日参加を薦めます。まあ来年の話になっちゃうんですけども☆

長谷観音と雪の華

あけましておめでとうございます。
みなさん初詣にはもう行かれましたか?

猫巻は茨城県古河市にある長谷観音に行ってきました。
本命性が鬼門の家人がいた、ということもありまして方位除けです。

古河の長谷観音は日本三大長谷観音のひとつだそうです。
三大○○という語呂は日本人好みですね。


初詣ということでさすがに多い参拝客。平日はほとんど人いません。
明観山観音院長谷寺(長谷観音)みょうかんざんかんのんいんはせでら(はせかんのん)
古河歴史博物館にほど近い長谷観音は、正式名は明観山観音院長谷寺という。
本堂には明応2年(1493)に初代・古河公方足利成氏が鎌倉の長谷寺から勧請した高さ2mあまりある木造の十一面観世音菩薩立像を安置する。
鎌倉、大和の長谷寺とともに日本三大長谷のひとつに数えられる。
古河城の鬼門除けとして、かつては歴代の古河城主の祈願所でもあった。
祈願(11時・14時)の際には本堂内の菩薩像を拝観できる。


ところで古河市のあちこちに雪の結晶をモチーフにしたものを見ることが出来ます。 

左2つは道路と歩道、右上のは小学校の塀にあったもの。 


これは江戸時代後期、古河藩主であった土井利位(どいとしつら)という殿様が、『雪華図説』という書物をまとめたことにちなんでいるとのこと。


『雪華図説』は日本初の雪の結晶の専門書なのだそうです。
ちなみに”雪華”とは雪の結晶を名づけたもの。
グッドセンスなお殿様ですね。


猫巻もグッドセンス目指して、今年はがんばりたいと思いマウス。