まわれ右して、前へすすめ!

美しい思想がある。
ガツンと、頭を殴られたような感覚であった。


猫巻はそのころ、北欧雑貨やデザイン小物が好きで、けっこう集めてた。

洋服も好きだった。
国内ではモノづくりにこだわったブランドが好きだったし
ネットで海外から取り寄せたりすることも多かった。


そんな猫巻を どれだけ意識していたか知らないが、
当時つきあっていた恋人ときたら、ファッションに頓着が無い。
しまむら等でテキトーにそろえて、同じ服を何年も着回していた。
日本に観光でくる欧米人、Tシャツとデニムだけ、みたいな感じ。


部屋も 質素なもので、デスク周りにPCとコンポがあるだけ。
本もほとんどない。図書館で借りて読むからだそうだ。


女の子なんだからさ、もうちょっとオシャレしてもいいんじゃない?
 と、わたしが言うと、彼女はこういった。


 「大切なものはスーツケース一杯に入る荷物だけにしたいの」


 「これ一つで、いつでもどこにでも行けるようにしたいから」


このコトバに、わたしはガツンと頭を殴られたような気分だった。


わたしたちは たくさん稼いで、たくさん欲しいものを買うけれど
それが本当に必要で、本当に大切なものか、よくわからない。
わからなくって、不安になるから またそろえてしまう。

わたしたちの生活は タシザンの連続だ。
あれ買って、これ買って、また買って。でも満足しない。
あれ読んで、これ知って、また聞いて。でも物足りない。
増えて、増やして、それが幸せへの近道と考えている。

彼女の思想は美しい。ヒキザンの思想である。
あれいらない、これいらない、もうじゅうぶん。
そうやって身の回りものを捨てていって、大切なものだけを残した。
彼女は自分に必要なものをわかっていた。

旅行の好きな女性だった。
ひょっとすると、自分の周りに何もおかなかったのは
外に出れば何でもあるってことを知っていたからなんじゃないだろうか。
そういう意味で、自由な人であったと思う。


今でもたまに連絡をとる。
今年の夏はドイツ~スイス~フランスに行ってきたそうだ。
暑中見舞いにユングフラウの絵はがきが贈られてきた。


猫巻は彼女のように なれないだろうけれど
ときどき、今の生活から まわれ右してみたくなる。


積み上げたものを全部ほっぽりだして、駆け出してみたい。

その先に何があるのかわからないから
もう一回 まわれ右して、元に戻ってしまうんだけれど。